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レナウンは2017年2月期に創業115周年を迎えました。ここでは創業者の佐々木八十八氏、佐々木氏の右腕で、後にレナウンを商標登録した尾上設蔵氏、そして現在のレナウンの基盤を築いた中興の祖である尾上清氏をご紹介します。
また、後段では尾上清氏の語録も一部掲載します。その語録は、今のレナウンを作り上げた基礎となる考え方であり、ファッションについて、また経営についての、21世紀の現在にも通じる普遍的な哲学と言えるでしょう。

佐々木 八十八:創業者

ささき やそはち

佐々木 八十八
妻の倆子(りょうこ)氏と
1874年(明治7年)12代続いた名家に生まれる。子どものころより外国貿易の会社を経営したいという決意を持ち、1890年(明治23年)舶来雑貨業の商社に入社。
1902年(明治35年)27歳の時に独立してレナウンの前身である繊維雑貨卸売業「佐々木営業部」を大阪に設立。各種メリヤス製品、子供服や靴下、羽根布団等を取り扱う。優れた才能はもとより、人を信頼する度量と、手厚く待遇する誠意があり、それに応えようとする社員の働きが佐々木営業部を大きく発展させた。東京に支店を構えるほか、現代でいうグループ会社をいくつも持つほどに成長させ、全国の雑貨商の中で一流の地位を得る。
1922年(大正11年)イギリスから皇太子が巡洋戦艦レナウン号で訪日。その乗組員の水兵がかぶる帽子の金色の“RENOWN”の文字のスマートさに見とれて商品名にすることを決意。社内で肌着を作っていた担当者に指示し、1923年(大正12年)に商品登録をしてレナウン印のクレープ肌着を販売。類を見ないカタカナ商標を登録し、ブランド商法を志向したなど優れたセンスを持ち合わせた。
同年、大阪市東区区会議員となり、事業は尾上設蔵に任せ第一線を退く。
1931年(昭和6年)に貴族院議員になり、貴族院が廃止される1946年(昭和21年)まで勤める。
三男三女をもうけ、三女の坂野惇子氏(故人)は高級子供服「ファミリア」創業者

尾上 設蔵:レナウンの基礎を築き事業拡大した功労者

おのえ せつぞう

尾上 設蔵
佐々木八十八に見込まれ、若干28歳で佐々木営業部の支配人となる。
働くのが趣味か道楽かといわれたほどのモーレツ型。馬力があったばかりでなく、明晰なる頭脳で数字にも強く、佐々木八十八が一線を退いた後は、実質的な責任者として手腕を発揮した。
営業面の拡大だけでなく、社内の管理方法においても次々に近代的な考え方を導入。世が大福帖で商売をしていた時代に、在庫管理手法を導入。人事制度においても「暖簾わけ」を廃止し、会社が発展すれば自分の生活も豊かになるように改革した。
関東大震災の時、被災した百貨店に対して、自身も被災したことから多くの問屋が現金取引を要求するなかで、佐々木営業部は現金を介さない手形取引を行い取引先からの信用を獲得したという尾上設蔵の逸話が残っている。また、被害の大きさが分からないときに人界戦術で被災地の情報を集め、どこよりも早く大量の生活必需品をチャーター船で東京に送ったというエピソードは有名。

※商標「レナウン」について
過去の資料をひも解くと、1923年「レナウン」が商標登録されたのは佐々木八十八のひらめきで、当時の肌着担当者に指示をしたようだが、翌1923年に佐々木八十八は区会議員になり、事実上経営から引退しており、事業は尾上設蔵に引き次がれている。つまり、佐々木八十八のひらめきを基に「レナウン」ブランドビジネスの基礎を固め、拡大した功労者こそ尾上設蔵だと考えられる。

尾上 清:戦後のレナウングループ創設者

おのえ きよし

尾上 清
尾上設蔵の長男。
1933年(昭和8年)、佐々木営業部に入社。優れた商才を認められ帝王学を学ぶ。
1944年(昭和19年)、戦争の影響で佐々木営業部は事業を中断したが、1947年(昭和22年)、当時36歳の尾上清が社長に就任し、佐々木営業部は復活。ばく進する機関車のように先頭に立ち社員を牽引。小さなメリヤス会社はアウター部門を拡充して、次第に総合アパレルの道を歩みだす。
会社が貧しかった時代でも、販売会社の設立、生産設備の拡充、宣伝販促への投資など、積極的な政策を推進し、それらは後に実を結ぶことになる。
市場は大衆がリードすることを予見し、戦後初の新聞広告、1951年(昭和26年)民間放送開始と共にラジオ広告を開始するなど先見の明を発揮。
その後、佐々木営業部は社名変更やグループ会社の再編を重ねレナウン誕生へ。
1961年(昭和36年)には「これからはテレビの時代」と全国ネットのテレビに提供。
1962年(昭和37年)、婦人既製服の時代の到来をいち早く察知し「レナウンルック(後のルック)」設立。1968年(昭和43年)、欧米視察の際にドレス専門店で得られたひらめきから、女性が主役の会社と謳われた「レリアン」を誕生させる。
1970年(昭和45年)、レナウンの会長に就任。同年、紳士既製服への進出を決め、「レナウンニシキ(後の株式会社ダーバン)」を設立。レナウン本体はメリヤス系軽衣料を強みに持ち、専門性のある重衣料はグループ会社として設立させるという多角化戦略を強力に推し進め、レナウングループは一気に拡大した。
1972年(昭和50年)、第一線を退き理事長に就任。「観客の立場で経営を見る」と宣言し、その後経営には一切関わることはなかった。
強烈な個性を持ち、「厳しさと優しさが同居した、情感の豊かな人」と、社内はもちろん取引先、業界関係者と多くの人から愛された。
尾上氏(写真右)。「ファミリア」創業者の坂野惇子氏と。

尾上清語録

晩年の尾上氏。坂野惇子氏と。
生前、その風貌から「ホワイトライオン」と呼ばれたというカリスマ経営者・尾上清。今でも業界の中には尾上氏を尊敬する方が多くいらっしゃいます。
尾上清氏が亡くなって、すでに四半世紀以上が経過しましたが、「尾上語録」はいまだ時代を超えてビジネスの本質を突き、すべてのビジネスマンの心に響く言葉です。
尾上氏の熱量を、ぜひ感じてみてください。

レナウンの企業使命

「人生を楽しく暮らす」がレナウンの経営理念の原点である。繊維に限らず、人生を楽しくするものをつくっていくのがレナウンという会社である

あとあじ

大切なことはお客様が買ってくれたかどうかより、売場を出るときにもう一度来たいと思われたかどうかだ。品物だけでなく「あとあじ」を売りなさい。

疲れ

面白くない仕事をしていると精神的に疲れる。精神的な疲れは肉体の疲れになる。ところが楽しい仕事をしていると肉体は疲れるが、精神的には疲れない。
同じ販売という仕事をしていても、楽しがってやっている人は精神的な疲れを知らないから成績が上がるが、義務感でやっている人は精神・肉体ともに疲れてダメになってくる。

一着

「今年は昨年の二割アップ目標だ」なんていうから皆がムリだと思ってしまう。「昨年より毎日一着余計に売りましょう」というとそれぐらいならできると思う。一日五着売っていた販売員が六着売れば二割アップだし。四着売っていた販売員が五着売れば二割五分アップになる。

厳しさ、温かさ

「仕事」に対して厳しくて「人間」に対して温かい、これがいい管理職だ。この反対の上司は困る。「仕事」に甘くて「人間」に冷たい、なんていうのはどうにもならない。

5・4・1

幹部の仕事には、将来のための仕事、現在の仕事、過去のあと始末の仕事の三つがある。
仕事の態勢が後ろ向きにある場合、決して成績は上がらない。販売減による在庫処理とか、回収遅れのあと始末などの会議に時間を費やしている課は成績は上がってない。二ヵ月先の在庫はこの線に来るから来月はどうするかとか仕事が前向きになっている場合は必ず成績は上がっている。
幹部の仕事の内容比率は、将来の仕事5、現在の仕事4、過去の仕事1、くらいの比率をいつも維持してもらいたい。

知識と知恵

知識を勉強したり、数字を覚えたりすることは仕事ではない。勉強した知識や数字をどう使うかという知恵が仕事である。知識に頼った形式的な仕事から、知恵を使った実質的な仕事に切り替えるだけで人間の能力は何十%かアップするだろう。
尾上清近景

過去のインタビューから

~1977年2月繊研新聞の記事から抜粋~

企業はある程度の規模になると、ちゃんとした組織とか制度とかが必要になり、その上に立って仕事が進められていくのだけれども、その組織や制度というものは、あくまでも現状の人間の力というものが基礎にならなければいけない。それを無視して、いくら理想的なシステムをつくってみても、まったくナンセンスだ。

大勢いる人間の能力をよく見て、無理のない、あるいは能力を発揮できる条件を整えてやる。適材適所に楽しい職場を与えるということぐらいが経営者のやる仕事だと考えています。

レナウンに入った社員は仕事が面白くなるということ。好きでやっている人間の集団ということがレナウンのノウハウじゃないでしょうか。だから課長や重役が権限を振り回してそれを妨げるとか、雰囲気をこわすといったことがないようにもっていったことが成功の第一要因。

経営者は、みんなが仕事が好きになるようなやり方をしなければいけない。ところが、ややもすると仕事が嫌いになるようなやり方をしているケースがある。

カルダンとかディオールとかが一つのファッションを生み出し、世界をリードしていくということがあったが、いまはどちらかというと、ファッションとか感覚的なものが大衆の中から生まれてくるような気がする。一部のデザイナーがリードするのでなく、大衆から生まれてくる。いいかえると、カルダンやディオール以上の感覚の持ち主が消費者の中にいる。

ファッションというものはいくら本を読んだって。講演を聴いたってわからない。自分自身から出てくる問題です。豊かな楽しい生活を目標に、自分自身も楽しい雰囲気で、自由に仕事をしていくというところから養われ、生まれていくものだと思います。上役の顔を見ながら仕事をしていたら絶対に養われませんね。
佐々木営業部